8mm film

日が沈みかけた夕暮れ、国道沿いの店で彼と会った。
ワインが美味しいと評判の店。運良く僕たち以外はまだ誰も居なかった。
久しぶりに会った彼は少し疲れた表情をしていたけど、知的でお洒落なとこは昔のままだった。
その日も流行りの米文学やNYにあるコーヒー・ロースターの話を聞かせてくれた。
「彼女の写真を撮らして欲しい」と声をかけられたのが彼との付き合いの始まりだった。
ぼくは印刷部で彼は撮影部にいた。お互い顔は知っている程度の関係。
同じ職場というだけで話したことも無かったが、たまたまぼくの彼女がそういった類いの経験が
あることを人から聞いて知ったらしい。
来年NYで写真の展示会をするんだと彼は話してくれた。
ぼくが凄いねと言うと「空きが出た合同展に誘われただけだよ」と笑って答えた。
そこからぼくたちはアルバイトの帰りに写真のコトや発売したばかりのMAC G3の話をするような
関係になった。
ホコリの被ったカメラを引っぱり出したのもその時期だ。
「まだ、写真やってる?」とエビとトマトのパスタをフォークに絡めながら彼が聞いてきた。
「たまに。前ほどでもないかな」
「そっか……makinaだったよな。あれはいいカメラだ、使わないともったいない」
「自分そこ、どうなんだよ。最近、個展の話とかも聞かないけど」
「手放したんだ」と彼は言い、新しいワインを注文した。
「あのライカを!」ぼくが驚くと、彼は小さく頷き微笑んだ。
店員が2本目のワインを注いでくれる様子を彼は静かに見ていた。
ぼくはカメラを手放した理由を知りたかったが、なぜか聞きいてはいけない気がした。
窓の外を見るとすでに日は落ち、赤やオレンジのテールランプの光が一段と輝いていた。
周りのテーブルはすでに満席になり、店は談笑で包まれていた。
数日後、彼からメールが届いた。
いま休みをとってNYにいる。実は離婚したんだ、と書いてあった。
そう言えば、肌寒さが残る三月のよく晴れた日、ぼくは彼に話したことがある。
それはヴィムヴェンダースの『パリ、テキサス』で主人公が映写機で8mmフィルムを
見るシーンがあり、そこに映し出されてた妻役のナスターシャ・キンスキーが幸せに満ち
本当に美しいかったことを。そして、ぼくも結婚したらこんな風に自分の妻となる人を
8mmで撮影したいことを。
すると彼も敬愛する写真家のように、ライカで自分の妻を撮り続けたいんだと話してくれた。
「その為にもバイトがんばらないとな」と笑いながら。
その夜ぼくは映写機を用意し、1本のフィルムをセットした。
壁に映し出された白いシャツの女性は幸せに満ちている。
そのそばで真新しいライカを手にしている彼は本当に楽しそうにシャッターをきっている。
『彼は彼女の写真を何枚撮ったんだろうか?その写真を彼はどうするのだろう?』
そんなことを考えているとフィルムは終わり、カタカタとリールだけが回りつづけている。


















